能力不足による解雇については、さまざまな裁判例で問題になっています。結論としては、労働者(従業員)が能力不足を理由に解雇されるには、いくつかの要件を満たす必要があり、その現実性はかなり低いです。今回は、具体的な裁判例を基にして労働問題の考え方をまとめます。
能力不足を理由に解雇できるかどうかのモデルケースとして挙げられることが多いのは、「セガ・エンタープライゼス事件」(東京地裁平成11年10月15日決定)です。この事件は地裁の判決ですが、実務はほぼこの内容に従っています。
事件のあらましは以下の通りです。
原告労働者Xは、大学院卒業後Y会社に就職し、人事部での採用事務、人材開発部での社員教育業務、企画制作部での外注管理業務、開発業務部でのアルバイト従業員の雇用事務・品質検査業務等に従事した。この間、Xは業務遂行上問題を起こして上司に注意されることや、業務に関して顧客からYに対して苦情がなされることがしばしばあり、全従業員を対象として年3回実施される人事考課において、Xの考課は、相対評価により11段階で評価され、Xは下位10パーセントに位置付けられていた。その後、YはXを特定の業務がない「パソナルーム」に配置し、退職勧告を行ったがXが応じなかったため、就業規則19条1項2号の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」との普通解雇事由を適用してXを解雇した。Xは、解雇の効力を争い仮処分を申し立てた。 引用:独立行政法人労働政策研究・研修機構Webサイト ホーム > 雇用関係紛争判例集 > 目次 > 10.雇用関係の終了及び終了後 >(89)【解雇】労働者側の事情を理由とする解雇より
裁判例によれば「能力不足で解雇をする平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならず、相対評価を前提とするものと解するのは相当でなく、解雇事由を常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできない。YはXに対し、更に体系的な教育、指導を実施することでその労働能力を向上する余地もあった」とのことです。
このことを端的にいえば、次の3つを示しています。
相対評価で能力が低いというのは、解雇理由にならない。
絶対評価の場合でも、労働能力が低くて業務に滞り具体的支障が発生していない限り、解雇できない。
2の場合でも、教育や配置転換を繰り返しても能力が改善しないという事情が必要である。
2については、業務処理の速さや要領の悪さだけでは理由として不十分であり、その労働者のミスや職務怠慢が原因で取引先が打ち切られる、イベントが失敗する等の会社に対する具体的損害があったかどうかまで及ぶということです。
3については、使用者(雇用主)が労働者(従業員)に対して解雇を回避するための努力を、継続的に行っていたという事実が必要になります。具体的には、配置転換や職種の変更などの適切な配慮をしたかどうかということです。近年の裁判例では、小規模な会社の場合には配置転換や教育努力を免除するようなものもありますが、あくまで例外としての位置づけです。
以上のように、能力不足「のみ」で解雇された場合には、実際はほとんどの場合が能力不足だと判断できないことになります。能力不足での解雇が難しい理由としては「そもそも能力不足とはいったい何か」という問題があります。
相対評価の場合、労働効率の悪さ、それも他の労働者と比較して能力不足と判断するケースが多いのです。例えば、他の同僚が3か月でできるようになったことが1年かかってしまった場合、それに当たるでしょう。しかし上記のセガ・エンタープライゼス事件では、そういった相対評価ではなく絶対評価を採用しています。
日本のことわざで「馬鹿とハサミは使いよう」という言葉があります。また、中世ヨーロッパとアメリカが舞台の漫画『ヴィンランド・サガ』では、自分の所有する奴隷の無能をののしる当主に対して、甥が「アンタの使い方が悪いのさ」というシーンがあります。
日本の裁判所の考え方は、労働者の労働効率が悪いのは能力が不足しているのではなく、使用者つまり使っている人が悪いだけである、という考え方が基本にあるため、労働者にきわめて有利なのです。
解雇の理由が能力不足である場合、上記のようにほとんどが違法な解雇となります。職場で気になることや疑問を抱えている場合には、弁護士に相談することをおすすめいたします。
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