労働契約も業務委託契約(委任または請負契約の総称)も「人を使って仕事をさせる」という意味では同じ契約です。しかしこれが、事業主(使用者)と労働者(被雇用者)との間で契約の認識が曖昧な場合、よくトラブルに発展します。
なぜ問題になるかというと、労働契約であれば賃金規制、すなわちいわゆる残業代の支給が必要となり、さらに契約を自由に解約できないという解雇規制がかかります。一方の業務委託契約であれば、こうした制限はありません。一般論から言って、事業主からすれば労働契約よりも業務委託の方が法的に有利になります。
そのため「争いになる」ということは、だいたい以下のケースに分かれます。
①事業主は業務委託だと思っていたが、契約相手側は労働者だと認識していた
②事業主は業務委託だと思っていたが、契約相手側が弁護士に相談した結果「この働かせ方は労働者なのでは?」と気がつき、いろいろと請求された
前者は契約書がない場合、後者は契約書がある場合が典型的です。「契約書さえを作っておけばこのようなトラブルは防げる」というわけではありません。契約書の表題で「業務委託契約」と銘打っていても、労働実態から「労働契約」と判断される場合もあります。
労働契約か業務委託契約かどうかは、一言でいえば「使用従属性があるかどうか」で判断されます。使用従属性があれば労働契約、なければ業務委託契約となります。少し専門的な話になりますが、細分化すれば以下のような判断基準があります。
(1)指揮監督下の労働であるかどうか
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
契約相手側が仕事自体を受けるか断るかが自由な場合には「業務委託契約」に傾きます。
たとえば、配送事業において、継続的な取引のある運転手が荷物を運ぶかどうかにつき、断れるような場合を想定しています。
②業務遂行上の指揮監督の有無
契約相手側が仕事内容の報告を随時求められていたり、事業主から仕事のやり方への注文が多かったりすると「労働契約」に傾きます。長期間行う仕事で、毎日「今日はこれをやって」などと指示をすると労働契約と判断されやすくなります。
③拘束性の有無
事業主が勤務日、勤務時間、勤務場所を指定していると「労働契約」に傾きます。店舗運営が業務委託契約の場合、場所だけは拘束されている状態です。例えばこれで事業主が「定休日を日曜日としてそれ以外は営業、店長は必ず9時から18時まで店にいること」などと指定してしまうと、かなり「労働契約」に傾きます。
④代替性の有無
業務委託を受けた側が、さらに業務委託を行える場合には「業務委託契約」に傾きます。つまり孫請けに出すことができれば「業務委託」と判断される可能性が高いです。
これは個人的見解ですが、この点は非常に重要で、再委託さえできればかなりの確率で「業務委託契約」になると思われます。労働契約というのは「その個人を雇用する」、つまり人に着目した契約ですが、業務委託というのは業務の内容に着目した契約で個人の資質を問わないからです。
(2)報酬の労務対償性があるかどうか
稼働時間に対応する報酬、つまり時給や日給などの場合は「労働契約」に傾きます。仕事を休むと報酬が減るような場合も同じです。
(1)事業者性の有無
①機械、器具の負担関係
要するに業務で使用する機材(パソコン、カメラ、自動車、店舗そのもの)を自分で準備するなら「業務委託契約」、事業主が準備するなら「労働契約」に傾きます。
②報酬の額
高ければ高いほど「業務委託契約」に傾きます。
(2)専属性の程度
兼業禁止である場合、かなり「労働契約」に傾きます。また、兼業が困難なほどの仕事量を与えても同様です。
と、判断基準についてここまで色々と書きましたが、実際の状況によってどこに判断軸がおかれるかケースバイケースなこともあり、なかなか難しい問題です。よく聞くケースや実際に当事務所で争われたケースとして、以下に具体的な事例を紹介します。
例えば、ホテルや民宿、店舗などの営業を業務委託として一括で請け負わせた場合、請け負った側が従業員を雇う、メニュー内容を決める、営業日を決める権限が無いような場合には、業務委託ではなく労働契約になりやすいです。
いわゆるフランチャイズ契約の場合においてもこういった点が争いになりえますが、いまのところコンビニエンスストアの店長等は事業主としてみなされているようです。
当事務所では「美容院の支店長が従業員か業務委託か」
という争いになった事例を担当したことがあります。業務委託契約の要素としては、完全歩合であったこと、出勤時間を自由に決められることなどがありました。しかし店長として他の美容師を管理したり、売上の管理、日報の提出など労働者的な要素もあり、兼業や下請が禁止されている等から、非常に微妙な事案でした。
なお当件は両者で和解しており、裁判での結論は出ていません。
他には、コテージのような宿泊施設の業務委託を一括で任されていたケースがあります。いわゆるワンオペで業務にあたることが前提とされていた上に、宿泊客対応などもあり拘束時間の実態が非常に長いものでした。にもかかわらず賃金額も低く、かつ再委託も困難な状況でした。これも「労働者の疑いがある」ということで、労働契約としての賃金支払を事業主が認め、和解に至っています。
業務の特徴として、仕事が単発である、専門性が高い、機材を自分で準備すると
いったこともあり、業務委託契約であることが多いです。しかし専属的な従事となっている場合、つまり収入のほとんどをその事業主からの仕事で得ていて、特に賃金を時間給で計算すると労働契約の最低賃金に近いと「労働者である」と判断される可能性がでてきます。
当事務所で取り扱った案件としては、カメラマン、Web制作者の件があります。報酬は完全歩合制度でしたが、見習いということで契約書はなく報酬額はかなり安く抑えられており、その点が「労働者である」ことを推認させるものでした。また他の仕事をしておらず、業務命令に対して仕事を拒絶できないという点も勘案されました。これも両者で和解をしております。
配送員・配達員・運転手といった事例については、特に持ち込み運転手、つまり自分の自動車を利用した配送業務があります。
現在では、Uber Eats(ウーバーイーツ)が問題になりそうですが、登録配達員は仕事を受ける・受けないということに自由が担保されています。もし配達員が指示された配達について諾否の自由がないのであれば、労働者になりそうな可能性は高いです。
裁判例でよく取り上げられる「横浜南労基署長(旭紙業)事件(最高裁平成8年11月28日判決)」があります。簡単に説明すると、原告・労働者Aは契約書を交わさずに、自分で所有するトラックを使用して運送業務に従事していました。あるとき会社倉庫内での積込作業中に負傷し労災申請をしたところ、労基署から「不支給決定」を受けました。当事件は、その決定への取消訴訟です。
裁判所は、諾否の自由があったということ、指揮監督が限定されていること、拘束がゆるやかであったこと等を理由に「労働契約ではない」と判断しています。判決では、この会社が問題となった運転手と結んでいた労働条件と、他の運転手との労働条件との違いが指摘されていたようです。
以上のように、労働者か業務委託契約かという判断については、契約書もない極めて微妙な事例が数多くあります。当事務所では事業主側・労働者側のいずれの場合でもご相談も受け付けております。お気軽にご相談ください。
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