今年1月に発生した回転寿司チェーン大手・スシローでの、利用客(少年)による迷惑行為を収めた動画がSNS上で拡散した事件は記憶に新しいですが、調停での和解成立(大阪地方裁判所)により世間からの注目も落ち着いてきたところです。当時、この動画拡散による社会への影響は大きく、スシロー側の損害をめぐっては、さまざまな議論が生じました。
そこで今回はこの事件を例に、迷惑動画の拡散によって生じる損害について考えます。
いきなり余談ですが、飲食店のテーブルに備え付けの醤油さしをなめるという行為自体については、醤油さしに対する器物損壊罪の成立の可能性があります。
器物損壊罪(刑法261条)は、言葉通りに物理的に損壊させてなくても器物としての効能が損失した場合においても成立するとされています。過去の有名な事例としては「食器におしっこをかける(すきやき鍋と徳利に放尿)」というのがあります。過去といっても明治時代まで遡るのですが、こんなことを裁判で争った人がいるのかという感じですね。
おしっこはNGにしても、食器類へ口をつけた(=ペロペロした)程度は「洗えば問題ない」という考え方もあるとすると、損壊とまでは言えないかもしれません。本件で、この点について争ってもらえれば、また新しい裁判例にはなったかもしれません。しかし、起訴はされない可能性が高いでしょう。
醤油さしをなめる行為をしたことで、その醤油さしが使えなくなったとなると、損害賠償の対象となります。その金額としては、中古の醤油さしの値段程度、ということになるでしょう。ただ洗って使えると判断されたら、それも認められないかと思います。
スシローは「迷惑行為を撮影した動画の拡散による被害」という理由で、加害者(少年)に対して損害賠償請求を行いました。結局は示談になったとのことですが、世間からは否定的な見解がありました。
私は実際の訴状を見ていないため断言しにくいのですが、スシローとしてもベターな解決であったと思われます。実はこの場合、スシローが完全敗訴の(=1円も取れずに負ける)可能性もありました。この事件をきっかけに生じたスシローへの被害は明らかであると思われることでしょう。しかしこれには、被害者のスシローが法人であるために、具体的な損害の立証が非常に難しいという背景があります。
まず、法人ということは、原則、慰謝料という概念がありません。名誉棄損等の場合に、金銭評価の可能な無形損害があった場合には、それが認められるというのはあります。
この事件によって、直後はスシローチェーン全体の売上減少や株価の暴落(100億単位での急落)などが騒がれていましたが、その後の報道やレポートを見る限りでは、売上高は被害の月前後は上昇、株価も当日は下がったものの持ち直していました。
そもそもスシローの株価自体、原材料の値上がりやそれまでのおとり広告(もともと在庫を用意できていないにもかかわらず宣伝を続け集客していた)の影響を受け下落傾向にあった、という報道もありました。
いやいや売上については、直後のインフルエンサーたちを中心に起きた「# スシローを救いたい」というムーブメントによって伸びたのであって、迷惑行為による減少は当然だ、と言いたい気持ちはよくわかります。しかし基本的に、裁判所は数字しか見ないんですね。例外はありますが、スシローの売上については、事実として減ってないどころか、むしろ増えている。
そうすると無形・有形にかかわらず、「損害自体が発生しているか」ということが疑問になります。この迷惑動画の拡散によって、スシローは一体どういう損害を被ったのでしょうか?
考えられる点は、将来への対策です。この事件によって、店舗利用に対するイメージダウンは避けられませんでした。醤油の廃棄交換、食器類やレーンの追加清掃だけでなく、再発防止策として商品の提供方法の変更や、利用客への注意喚起・監視などが行われるようになりました。
しかし、こうした将来への対策が生じたとして損害を認めさせることは、法的に結構ハードになります。この点は、法律の限界とも言えるべきことで、裁判所がとても冷たく感じられてしまうところです。まあ実際、将来の対策というものは本当に実行されるかわからないですからね。もちろん、そうしたことへの工夫はいろいろあるのですが。え?その「いろいろ」を知りたい?いや、それは本が一冊書けてしまうほど複雑でブログ記事の規模では難しいです。
今回の結果をみて、迷惑動画というのはたいして法的な損害が発生しない、やり得ではないか、という意見もありそうです。もちろん、そんなことはありません。申し訳ないですが、私は訴状を見ずに一連の報道を根拠にコメントしています。一般論として、売上の減少や将来の損害というものは、立証が難しいことを解説しました。実際に訴状を見れば、この意見が変わるかもしれません。そのため、本当の具体的な損害があれば、迷惑動画を投稿したことへの損害賠償は巨額なものになることは間違いありません。
また慰謝料についても、スシローが法人であるから発生しないのであって、個人事業主(個人商店)であれば発生する可能性もあるでしょう。
スシローも戸惑ったであろう損害の立証は、本当に大変なことですが、裁判所は比較的被害者にやさしいと言われています。弁護士としては、被害者・加害者いずれの立場でもきちんと立証していくことになります。
Comments